【2026年2月】主日礼拝予定 2/1 ( 日 ) 10時30分~ 降誕節第六主日(聖餐式) 2/8 ( 日 )10時30分~ 降誕節第七主日(礼拝後:お茶の会) 2/15 ( 日 )10時30分~ 降誕節第八主日 2/21 ( 日 )10時30分~ 受難節第一主日 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー <特別伝道集会のお知らせ> 2026年2月1日( 日 ) 開場:14時~ 開演:14時30分~ 講談師として人気の神田一門から、神田ナザレの名前をもらった北川正弥牧師が向河原教会に来てくださいます! 聖書のお話を、講談の調子に乗せて、面白くわかりやすくお話しくださいます! 生で聴く講談は面白いです! 教会で聖書の話を聞いたことの無い方も、 普段の礼拝の説教とは少し違った形で聖書のお話を聴きたい方も、 ぜひ、おいてください!(入場無料、予約不要です) ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー <聖書研究会>【※休会中です】 毎週木曜日・14時~ ※都合により、2026年1~2月の聖書研究会はお休みします。 再開は決まり次第、お知らせします。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー いずれの礼拝・集会も、どなたもお越しください♪ 初めての方も、歓迎いたします(*^^*)
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【2026年1月】主日礼拝予定 1/4 ( 日 ) 10時30分~ 降誕節第二主日(聖餐式) 1/11 ( 日 )10時30分~ 降誕節第三主日(礼拝後:お茶の会) 1/18 ( 日 )10時30分~ 降誕節第四主日 1/25 ( 日 )10時30分~ 降誕節第五主日 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー <川崎・鶴見地区新年合同礼拝のお知らせ> 日時:2026年1月1日 13時30分~ 会場:向河原教会 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー <聖書研究会> 毎週木曜日・14時~ ※都合により、2026年1~2月の聖書研究会はお休みです。 再開は決まり次第、お知らせします。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー <年末年始のお知らせ> ※1/1を除き、12/31~1/3は閉堂いたします。ご用の際は、事前にお電話にてお問い合わせください。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー いずれの礼拝・集会も、どなたもお越しください♪ 初めての方も、歓迎いたします(*^^*)
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【2025年12月】主日礼拝予定 12/7 ( 日 )10時30分~ 待降節第二主日 12/14 ( 日 )10時30分~ 待降節第三主日 12/21 ( 日 )10時30分~ クリスマス礼拝(聖餐式があります) 12/28 ( 日 )10時30分~ 降誕節第一主日 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 12/24(水) 19時~ クリスマスイブ・キャンドルサービス (キャンドルを灯し、礼拝します) ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 毎週木曜日・14時~ 聖書研究会 (12/25、1/1、1/8の聖書研究会はお休みです。) ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー いずれの礼拝も、どなたもお越しください♪ 初めての方も、歓迎いたします(*^^*)
2024年3月10日主日礼拝「主の晩餐」マタイによる福音書26章 26~30節
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2024年3月10日主日礼拝 「主の晩餐」 マタイによる福音書 26章26~30節 【説教録画は <Youtube>】 信仰生活の中心に礼拝があります。その礼拝の中心は説教と聖餐です。信仰生活は、神との生きた交わりがあって初めて始まります。神が生きておられることを知って祈り、その眼差しの中で生活をします。この交わりはわたしたちの方で作りだしているものではありません。神がこの交わりを願ってくださり、それをイエス・キリストを通して示してくださいました。そして、その思いがどれだけ強いかが示されているのが、この「主の晩餐」の場面から始まった聖餐です。 「一同が食事をしているときに」 という言葉で始まります。これは過越祭の食事です。過越祭は「子羊の血」の犠牲によって災いを過越し、出エジプトをしたことを思い起こして祝う祭りです。その食事のメニューは焼いた羊肉、焼いた卵、苦菜、塩水に浸して食べる青菜、果物の混ぜ物、ワインを4杯。そして種なしパンでした。弟子たちとの最後の晩餐で主イエスは何を食べたか?パンとワインだけではないのです。それぞれに出エジプトにおける意味が込められていました。主イエスはその内の 「パンを取り…それを裂き、弟子たちに与えながら」 言われました。 「取って食べなさい。これはわたしの体である」 。またワインの杯を取り、彼らに渡して言われました。 「皆、この杯から飲みなさい。これは、罪が赦されるように、多くの人のために流されるわたしの血、契約の血である」 。弟子たちは驚いたと思いますし、全く意味も分からなかったと思います。 聖餐式の式文にも、この主の言葉はそのまま繰り返されています。そして、典拠は違いますが、「わたしの記念として、このように行いなさい…このパンを食べ、この杯を飲むごとに、主が来られるときまで、主の死を告げ知らせるのです」(Ⅰコリント11:25-)と聖餐式では続きます。 「取って食べなさい…この杯から飲みなさい」 。そして、それを「記念として…行いなさい」。これは命令です。記念とは思い起こすことです。そして、この言葉の中に神の思いが詰まっていると思います。どのような思いか?この食事を「新しい契約」のしるしとするということです。 聖書には新約、旧約がありますが、その新約とは、この「新しい契約」のこと...
2024年2月11日主日礼拝「ペトロの手紙」石丸泰信先生 ペトロの手紙Ⅰ 1章3~9節
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【説教録画は <Youtube>】 主イエスの弟子のペトロが兄弟姉妹を励ます為に書いた手紙です。当時、キリスト者は政治的な迫害の中にありました。また、近隣とのトラブル、主人と僕の間でのトラブル(2章)、妻と夫の間でのトラブル(3章)のことが書かれています。大小を問わず、試練は忍耐と祈りを必要とする信仰の闘いです。この手紙の目的は、再び、天にいます神へと目を向けさせることです。困難の中で弱るとき、端から見ると、それほど深刻には感じられなくとも、本人は自分一人でどんどん暗い方へ行ってしまうことがあります。ある人は、苦しい日々の中で祈ることが出来なくなった人に「当然でしょ。あなたは大変な中にいたのだから。これからよ」と声を掛けていました。本当にそうだと思います。天に顔を向け直す歩き方が、これから始まるのです。 「わたしたちの主イエス・キリストの父である神が、ほめたたえられますように」 と言います。どうしてか。 「わたしたちを新たに生まれさせ」 てくださって、「 朽ちず、汚れず、しぼまない財産を受け継ぐ者としてくださ」 ったからです。 「新たに生まれ」 とは、キリスト者であろうとそうでなかろうと新しい命に復活をする経験です。ペトロはイエス・キリストを見て信じ、見て復活をした人です。だから 「あなたがたは、キリストを見たことがないのに愛し、今見なくても信じており」 と言って驚き、喜びます。復活というのは死者の蘇りにだけアクセントが付くものではありません。周囲に無視=存在の否定をされて「生きながらに死ぬ」という事があります。また、自身でも自分の存在を否定してしまうこともあります。ペトロがそうでした。一番弟子と言われながら、三度、主を否んだ経験(ルカ22:54-)。消えてしまいたいと思ったでしょう。けれども復活の主に出会って、ペトロは「新たに生まれ」、命を注がれたわけです。 『っぽい』(ピーター・レイノルズ著)という絵本があります。絵を描くのが大好きな男の子ラモンは、花瓶の絵を描いているときに「全然、似ていない」と言われてしまい、絵が描けなくなってしまいます。これまでの絵もぐしゃぐしゃに丸めて捨ててしまいました。何かを描こうと思っても頭の中に「似ていない」という声が響いてきてしまう。今度も丸めて捨てようとしていたとき、妹が、その絵を奪って逃げて行くのです...