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2024年2月11日主日礼拝「ペトロの手紙」石丸泰信先生 ペトロの手紙Ⅰ 1章3~9節

【説教録画は <Youtube>】   主イエスの弟子のペトロが兄弟姉妹を励ます為に書いた手紙です。当時、キリスト者は政治的な迫害の中にありました。また、近隣とのトラブル、主人と僕の間でのトラブル(2章)、妻と夫の間でのトラブル(3章)のことが書かれています。大小を問わず、試練は忍耐と祈りを必要とする信仰の闘いです。この手紙の目的は、再び、天にいます神へと目を向けさせることです。困難の中で弱るとき、端から見ると、それほど深刻には感じられなくとも、本人は自分一人でどんどん暗い方へ行ってしまうことがあります。ある人は、苦しい日々の中で祈ることが出来なくなった人に「当然でしょ。あなたは大変な中にいたのだから。これからよ」と声を掛けていました。本当にそうだと思います。天に顔を向け直す歩き方が、これから始まるのです。    「わたしたちの主イエス・キリストの父である神が、ほめたたえられますように」 と言います。どうしてか。 「わたしたちを新たに生まれさせ」 てくださって、「 朽ちず、汚れず、しぼまない財産を受け継ぐ者としてくださ」 ったからです。 「新たに生まれ」 とは、キリスト者であろうとそうでなかろうと新しい命に復活をする経験です。ペトロはイエス・キリストを見て信じ、見て復活をした人です。だから 「あなたがたは、キリストを見たことがないのに愛し、今見なくても信じており」 と言って驚き、喜びます。復活というのは死者の蘇りにだけアクセントが付くものではありません。周囲に無視=存在の否定をされて「生きながらに死ぬ」という事があります。また、自身でも自分の存在を否定してしまうこともあります。ペトロがそうでした。一番弟子と言われながら、三度、主を否んだ経験(ルカ22:54-)。消えてしまいたいと思ったでしょう。けれども復活の主に出会って、ペトロは「新たに生まれ」、命を注がれたわけです。  『っぽい』(ピーター・レイノルズ著)という絵本があります。絵を描くのが大好きな男の子ラモンは、花瓶の絵を描いているときに「全然、似ていない」と言われてしまい、絵が描けなくなってしまいます。これまでの絵もぐしゃぐしゃに丸めて捨ててしまいました。何かを描こうと思っても頭の中に「似ていない」という声が響いてきてしまう。今度も丸めて捨てようとしていたとき、妹が、その絵を奪って逃げて行くのです。追いか

2024年2月4日 主日礼拝「試練に耐え忍ぶ時」小松美樹牧師 ヤコブの手紙 1章12~15節

【説教録画は <Youtube>】